日記・コラム・つぶやき

2015年11月 9日 (月)

ブログの移行

長い間、お世話になった「ココログ」が容量が一杯になったので

新しいブログを開設しました。

新規のアドレスは 「日々の生活」との題で

【 http://blog.goo.ne.jp/kei-shiroyama

なります。

心機一転頑張りますので今後ともよろしくお願いします。

従来からのブログ友の皆様、今後とも新しいブログ先でもよろしくお願いします。

使い慣れたココログに未練があり寂しい気持ちもあるのですが・・・

長い間(約9年5ヵ月間)お世話になりました。

                ありがとうございました

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2015年11月 8日 (日)

三家族旅行会計報告

昨日は三家族旅行の会計監査のために一組の夫婦に来ていただきました。

今回は一回でパッチリ合いましたよ。

当たり前なのですが、通帳に認印を押していただきホット一安心しました。

会計報告と写真を配りました。

これで今年の旅行も無事終了しました。

やはりちゃんとしておかないと続きませんから・・

その後我が家で飲み会beerをしました。

私の定番料理の餃子・大根の煮物・かぼちゃの煮物・おそばでした。

AM11時ごろからPM5時頃まで楽しいひと時を過ごせました。

我が家で数十年置いといた梅酒に焼酎を混ぜて飲んでいましたがおいしかったようです。

料理よりも梅酒を褒められたような・・・(笑い)

次回は忘年会を企画しています。

楽しい一夜をありがとうございました。

・‥…━━━☆・fuji‥…━━━☆・‥fuji…━━━☆

今日は全国的に雨rain模様です。

山登り中止して正解でした。

来週はお天気に恵まれますように・・

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2015年10月 3日 (土)

長寿の心得

父も疲れたの言葉が頻繁に出るようになりました。

時々お世話になったな~~ぁ、なんて言葉を言いますがセンチメンタルになってしまいます。

確かにベットで寝ている毎日で、体が思うように動かせなくなってしまったことが辛いようです。

今夏は親戚の人が3名も亡くなったことが一番こたえているようです。

皆亡くなり自分ひとり取り残されてしまったとこぼしています。

何といっても親戚の人の訃報が痛手だったのでしょう!!

一人ぼっちとなり寂しい気持ちで一杯なんでしょうね。

特に実家の兄嫁が亡くなり、実家が無くなったとこぼしていますが甥が守っています。

親戚では一番の長寿です。

トイレも自分の足で歩いていけるし、食べ物も口からちゃんと食べられるので良しとしなければ・・

最近看護師の甥が来たのでおじいちゃんの様態はどうと聞いてみました。

甥のメガネ姿初めて見ました~~乱視と言ってました。

毎日たくさんの患者さんを見てきているので、おじいちゃんはまだ大丈夫だよと言ってました。

少し安心しましたが・・???

いつ様態が変化してもおかしくないので気を付けねばなりませんが・・

寝ているだけの生活でストレスもたまるのでしょうが、暴言を吐くこともあります。

何でこんな病気になったのかと自問自答しています~~病気だから仕方ないかと落ち着きます。

もう死にたい・・裏を返せばまだ生きたいと願望しているのですよね。

*余談ですが若いころは女性にもてたそうです。

よく母が言ってましたが私は父そっくりだったそうです。

「びっこうま主が褒める」のことわざではないですが、私をかわいがって育ててくれました。

annoyベット生活の父annoy


book長寿の心得の手ぬぐいbook

和歌山のお嫁さんからのプレゼント

長寿の心得

お父さん私たちがいるので一日でも長生きしてくださいね。

一ヶ月後は誕生日祝いしようね。(11月1日)で92歳になります。

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2015年9月19日 (土)

高島屋の北海道展

高島屋の北海道展に行ってきました。

今回は同時期にスズランでも催されています。

北海道は学生時代に一度、結婚20周年記念で訪れました。

*余談ですが思い出が蘇りました。

短大で北海道旅行か成人式の着物どっちか選択をと言われ、北海道旅行を選びました。

学生としては贅沢な旅行(8泊9日?)でした。

一人っ子だった友人は飛行機が墜落したらと、親に反対されて行けなかったエピソードが・・・・???

なので成人式は欠席で友人とスキーにいきました。

でも一年後には振袖の着物を作っていただきました~~親ってありがたいですね。

さすが北海道展沢山の人で賑わっていました。

昼食では北海道ラーメンを(塩ラーメン)(豚骨味噌ラーメン)をいただきました。

塩ラーメンはあっさりして、豚骨味噌ラーメンはこってりしていました。

おいしいお寿司コーナーもありましたが、お値段も良かったです。

お弁当も色とりどりで新鮮な海鮮丼が並んでいましたが、お値段もなかなか良かったです。

restaurantずんどうの塩ラーメン&豚骨味噌ラーメンrestaurant

P9190021

北海道展でのお買い物は定番のマルセイバターサンドです。

鎌倉にも同じようなバターサンドがありますが、やはりマルセイバターサンドがおいしいです。

毎回掲載していますが、北海道旅行に行ったときにバスの中でおやつとしていただきました。

その時のおいしさが忘れられず私の頭の中では、北海道=マルセイバターサンドとインプットされているので必ず買い求めてしまいます。

annoyマルセイバターサンド&じゃが蟹annoy

P9200022

何回となくお店の周りをグルグルと回り試食でお腹が満腹に・・・

売る人も商売ですので一生懸命ですよね。

試食をすると買いたい心境になりますが、そこをグットこらえてお財布moneybagのひもを閉じていましたよ (笑い)

物産展それぞれの名産品が食べられるのでいいですね。

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2015年9月14日 (月)

ようざん認知症ケア事例発表会

父がお世話になっているデイサービス(ようざん)の発表会がありました。

高崎市総合福祉センターで、12日土曜日PM1時30分から始まりました。

認知症の人のケアーの事例発表会でした。

父が利用しているようざん上並榎は最初の発表でした。

それぞれの方の状況により対応の仕方がまちまちあるのですね。

たかが介護されど介護ですね。

いろいろと勉強させていただきました。

何事も自分で体験しないとわからないことが多々ありますね。

book第7回認知症ケア事例発表会book

Img017
annoy高崎市総合福祉センターannoy

初めて入りました。

P9120002
annoy左は父がお世話になっているようざん並榎の所長さんですannoy

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P9120014

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お誘いしていただいた所長さんに感謝です。

父が週に一度お世話になっているデイサービス(ようざん)を選んで正解でした。(._.)アリガト

annoy右下で団扇を持っている父ですannoy

Img018_edited1

父も今までのように動くことが出来なくなりベット生活が続いています。

食も小食となりましたが、先生曰く無理強いは禁物だそうです。

本人の意思に基づいて食べたいものを食べさせれば良いとのことです。

*介護職に携わっている職員の皆さんご苦労様です。

沢山の人たちが助かっています。

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2015年9月 6日 (日)

叔母の納骨

叔母の納骨夫婦で呼ばれました。

今回は従妹会も兼ねて呼んでいただきました。

父同士は兄弟、叔母と母は従姉の関係で血のつながりが強い従兄弟です。

法事の前に家に集まり、法事後も寄らせていただきました。

昔懐かしいアルバムが置かれていました。

亡き母の生前の姿に逢えてタイムスリップしました。

annoy叔母の納骨annoy

叔母の名前は婦美です

book婦美をもじって素敵な言葉になりました。

P9050343

annoy亡き母と対面しましたannoyP9050322annoy父の妹・叔母・母annoy

亡き母の面影に思わず会いたい心境になりました。

P9050318

annoy父の妹・叔母・父annoy

父も元気だったのに・・

P9050317

本来ならば父も行きたかったでしょうが、今回は無理と判断しました。

父に話すと俺が行かなければとは言ってましたが・・・残念です。

父の生まれ育った家何十年ぶりでしょうか?

懐かしさで胸いっぱいになりました。

周りが変わってしまい行き過ぎてしまいました。

もちろん父からすれば甥の時代になり、家も作り変えられました。

家を作っているときは一度お邪魔しましたが、出来てからは初めて訪問しました。

父の本家立派になり父にも見せたかったです。

父の妹(86歳)も次女・長男と一緒に来ていました。

父の唯一血がつながっている妹逢いたかったのでは・・

叔母さんも以前の元気さはありませんが、でも出席できて良かったです。

まだ歩けるので父よりも元気で羨ましいです。

今度父の所へ連れてきてくれるようです。

house父の生まれ育った家が立派になりましたhouse

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annoy先祖代々初めて見る顔もありました。annoy

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annoyお寺が新築して初めての法事だったそうです。annoy

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先月は母方の従兄弟に、そして今回は父方の従兄弟に逢える機会に恵まれました。

故人が逢わせてくれたご縁に感謝した一日でした。

親の代からその子供へとバトンタッチ、時の流れを感じました。

懐かしい時間を提供してくれた従兄弟に感謝です~~ありがとうございました。

*追伸

父も連れていきたかった。

涙を浮かべて喜んだのでは・・・

今回の企画で私たちまで呼んでいただいた従兄弟に感謝です。

                ~~ ありがとうございました~~

最後に従兄弟のおしゃまなお孫さんです~~しぐさが何とも言えず可愛かったのでアップしました。

一番かわいい盛りでしょうね!!

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2015年8月24日 (月)

告別式

母の実家を守っていた従兄弟の告別式でした。

母から見たら甥にあたります。

農家の跡取りでしたので、いろいろと気苦労が多かったと思います。

昔は牛を飼っていましたので重労働だったのでは・・・

従兄弟は結婚13年目に待望の子供に授かり、跡取りの男の子を希望していたのでしょうが三姉妹に恵まれました。

その頑張りに私もあやかりたかったです。

娘さんの話に具合が悪い時も、酸素ボンベをしながらトラクターに乗っていたそうです。

まさに父と同時期に具合が悪くなり、晩年はベット生活を余儀なくされていました。

弔辞を読み上げた人が亡くなった従兄弟の祖父、つまり母の父の話をしてくれましたが農業では偉大な人だったと言っていました。

私も母から祖父は両親思いで父が下駄をはいて行くように言われ、母からは草履をはいていくよう言われたそうです。

困って両足に下駄・草履とびっこで履いて学校へ行ったエピソード良く聞かされていたことが脳裏に浮かびました。

祖父は私が生まれる前に亡くなってしまいましたが、祖母は長生きしてくれて私が23歳ごろ亡くなりました。

祖父の晩年の面倒を母がよく見ていたようです。

母の話も出て洋服を作ってもらったり、とにかく面倒見の良い母だったと言われました。

改めて偉大な祖父・母を持ったことに誇りを感じました。 ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

ベット生活の父ですが、お通夜でみんなが父に会いたがっているよと話したら告別式には弟と一緒にきました。

皆さんの顔が見られ大きな声でおしゃべりして握手して涙ぐんでいました。

故人の顔を見て可哀そうにと涙目でした。

会場では車いすを借りてお焼香もしました。

さすがに座っていてもお尻が痛いいのか、お清めまでは出られず告別式だけで帰りましたが来られて良かったです。

本当にこんな時でもないと逢えない従兄弟にしばらくぶりに逢えました。

母は兄弟姉妹(7人)も多かったので、沢山の従兄弟に恵まれて幸せです。

昔の思い出話に会話も弾みました。

従兄弟曰く私が母親に似てきたと言われました。

血の繋がりを感じたひと時でした。

農家で鍛えていたからでしょうか,従兄弟は骨格がしっかりしていると係りの人から聞かされました。

お骨を拾うときに骨密度が多いと言われました。

骨ツボに入れるのに苦労していました。

世代交代の節目を感じました。

三人の娘さん夫婦に任せてゆっくりお眠りください!!

ご冥福をお祈りします。合掌

diamond告別式diamond

P8240280

restaurantお清めrestaurant

P8240309

親戚では父が最高年齢となりました。

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2015年8月22日 (土)

親戚の訃報(。>0<。)

昨日親戚の訃報が届きました。

母の実家を守っていた私の従兄弟が8月21日(83歳)で亡くなりました。

農家の長男で苦労も多々あったのでは・・???

私たちも一度自宅houseにお見舞いに行ってきました。

父と同時期に体調を崩しベット生活をしていましたが、頭はしっかりしていて会話をしました。

物が飲み込めずに点滴でした。

この家は長年(13年)子供が出来ずにやっと授かったら次々と3人の女の子に恵まれました。

私もあやかりたかった・・・

長女が看護師さんで介護休暇を取って家で面倒を見ていました。

看護師さんの娘さんの介護を受けていたので心強かったことでしょう!

私も入院した時はお世話になりました。

平成13年10月先天性胆管拡張症で入院しました。

母の甥にあたるのですが、昔のことで年齢が3歳ほどしか違わなくて姉弟同様に育ったようです。

大きな農家でお米等も作っていて、働き者の従兄弟でした。

母は七人兄弟の末っ子でしたが、いつも姉達の面倒を見ていた面倒見がよい母でした..。

以前は梅の花を育てていて毎年見学に行ったことを思い出します。

今夏は訃報続きです。

今年は暑い夏sunですので体調の悪い人は崩してしまいますね。

父の妹の旦那さん(90歳)が7月7日に亡くなり、今日納骨で主人が父の代わりに出席しています。

幾日も経たず父の兄嫁(93歳)が7月19日に亡くなりました。

9月5日が納骨で長男の人から電話があり、従妹会も兼ねて夫婦で呼んでいただきました。

なかなか法事でもないと従姉とも逢えませんね。

私たちのお仲人さん8月1日83歳も亡くなってしまいました。

皆さん長生きと言えば長生きですが・・・

来年のことを言うと鬼が笑うと言われそうですが、4件の新盆が控えています。

父も訃報を聞くたびに、身近な人が亡くなり寂しいと涙を浮かべていました。

本当に親戚では最高年齢となってしまいました。

弟曰く人様の前では弱音を吐かないのに、子供の前では「疲れた、もう死んだ人間と同じだと何回も同じ言葉の繰り返しなので弟の方が参っています。

今までのように動けなくなったことのダメージが強いようです。

お父さん生かされていることに感謝して頑張ってね!!

*追伸

父の代理で出席した法事で、主人を迎えに行ったときに従姉にしばらくぶりに逢えました。

果たして何年ぶりでしょうか?

弟と同い年です。

従姉は女の子の双子を出産しています。

数年前に御主人さんを亡くしています。

懐かしい顔に逢えて嬉しかったです。

これからは従姉との関係を大切にしたいと改めて思いました。

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2015年8月12日 (水)

日航機事故から30年

毎年掲載してきたと思うのですが、あの日から30年経ちました。

1985年8月12日に日本航空機123便、PM6時56分御巣鷹の尾根に墜落しました。

4名の生存者が奇跡の生還を遂げました。

やはりこの日はパソコンpcに向かってしまいます。

日航機事故と我が家は切り離して考えられない辛い日です。

子供も具合が悪くて国立hospital(現在は高碕総合病院)に入院していました。

生存者の川上慶子さんが入院していて、屋上からのテレビ放送の中継で賑わっていたことが昨日のことのように脳裏に浮かびます。

病室の窓から眺めていたことが当時の記憶に鮮明に焼き付いています。

まさに生と死を考えされられた年でした。

子供は8月31日が命日です。

7歳8か月の短い命でした。

520名の命が一瞬にして失われてしまいました。

沢山の人々が悲しみに沈んでいたんでしょうね。

そして立ち直り人間って強いですね~~生きて行くためには強くならざるを得ませんね。

私達に希望をもたらしてくれた甥がその年の11月12日に誕生しました。

甥とは面識のない子供ですが、仏壇には甥が幼い時に書いてくれた子供の絵が飾れています。

そう今年は30歳になります。

そろそろ結婚しても良い年頃になりました。

なのでよけいに可愛いのでしょうか?

今日はお墓参りに行く予定です。

以前は月命日には欠かさずお墓参りしていましたが・・

現在は父も介護生活となりなかなかお参りにいけなくなりました。

私たちも父と御巣鷹山に一度慰霊登山に行ってきました。

あの悪夢から30年時は流れました。

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2015年8月11日 (火)

室内履き

高島屋で室内履きを買いました。

今まで履いていたのが中敷きがはがれてしまったので買い換えました。

何足目でしょうか?

結構痛みが激しいです。

annoy室内履きannoy

P8110217
やはりおニューは良いですね。

気分一新で気持ちいいです。

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